明治大学体育会競走部公式ウェブサイト
競走部紹介
競走部紹介
競走部の歴史
昭和62年(1987年)~平成18年(2007年)
次代への挑戦は永遠と続く
昭和62年(1987年) 創部80周年。第63回箱根駅伝14位。
昭和63年(1988年) 第64回箱根駅伝10位。9位早稲田と11秒差でシード権を逃す。
平成元年(1989年) 第65回箱根駅伝11位。
平成2年(1990年) 第59回日本IC5000mで進藤吉紀が優勝。
第67回箱根駅伝予選会で進藤吉紀・渡辺重治が1・2位で、2年ぶり
の箱根駅伝出場。
明大復活の予選会 この予選会で進藤吉紀がダントツの1位となり2位に1分12秒差を
つけ、59分58秒でゴールインした。1時間の壁を破る見事な記録であった。
2位にも渡辺重治が入りワンツーフィニッシュとなり復活を印象づけた。
競走部百年史より
ゴールインする進藤選手
2位の渡辺選手
平成3年(1991年) 第67回箱根駅伝14位。
第70回関東IC、入賞者なしで、2部校へ降格。
第68回箱根駅伝予選会、9位で予選落ち。
以降、14年間予選落ちが続くこととなる。
本学1区は、前年の予選会で好走した渡辺重治が9位でタスキを2区に継ぐ。
日本IC5000m覇者の進籐吉紀はハイペースで上位に進出。区間賞はオツオリ(山学大)
に譲ったものの、3区北澤義信へ3位でタスキリレー。
そして、3区北澤が終盤の花水橋でトップにたつと、そのまま中継所へ。実に30年ぶりと
なるトップでのタスキリレーとなった。 競走部百年史より
3区でトップに立つ北澤選手
平成4年(1992年) バルセロナオリンピックにOBの園原健弘が20㎞競歩で出場。
箱根駅伝予選落ち。
平成5年(1993年) 箱根駅伝予選落ち。
平成6年(1994年) 第73回関東IC2部で、800m・400mH・10000m競歩・やり投
・十種競技で優勝し、2部総合優勝を果たし4年ぶりに1部校復帰
した。
箱根駅伝予選落ち。
関東インカレ2部優勝
平成7年(1995年) 部長に松本穣先生が就任。
箱根駅伝予選落ち。
平成8年(1996年) 監督に岩下尚企氏、競歩コーチに園原健弘氏、長距離コーチに
牧野典彰氏が就任し、新体制がスタート。
箱根駅伝予選落ち。
平成9年(1997年) 創部90周年。
箱根駅伝予選落ち。
八幡山グラウンド
平成10年(1998年) 第67回日本インカレで藤森亮が400mで優勝。
箱根駅伝予選落ち。
平成11年(1999年) 新合宿所完成。
第78回関東IC、10000m競歩で1・4・6位の3人入賞。
箱根駅伝予選落ち。
平成12年(2000年) 第79回関東IC、10000m競歩で吉澤永一、木村剛輔が1・2位
を占める。
箱根駅伝予選落ち。
平成13年(2001年) 長距離コーチに西弘美氏が就任。
箱根駅伝予選落ち。
平成14年(2002年) 第81回関東IC、10000m競歩で、吉澤永一が大会新・明大
記録で優勝。この種目、明大5連覇。
アジア陸上競技選手権大会、吉澤永一が20㎞競歩で優勝。
ワールドカップ競歩、吉澤永一が20㎞競歩に出場。
箱根駅伝予選落ち。
監督に遠藤和生氏が就任。
私が過ごした4年間は色々なことが大きく変わる年だったと思います。入学と同時に新しい
合宿所が完成し、卒業と同時に新しいグラウンドが完成した。変わっていくもの、変えてはいけ
ないもの。
当時、明大の競歩は強く、関カレ2連覇を私が引継ぎ5連覇に延ばした。特に4年時の関カレ
は緊張した。大学最後の関カレであり、主将であり、優勝することが1部残留にかかっており、
その年に行なわれるアジア選手権の日本代表に選ばれていた。
絶対に勝たなくてはいけない試合。あの異常な盛り上がりと興奮は忘れられないし、私のベス
トレースだったと思う。 (以下略) 競走部百年史より 平成15年卒業 吉澤永一
明大記録で優勝した吉澤選手
平成15年(2003年) 第79回箱根駅伝、重成英彰が関東学連選抜チーム2区で出場。
箱根駅伝67秒差で予選落ち。
平成16年(2004年) 第81回箱根駅伝予選会、3位で14年ぶり予選会突破。

入部した年の7月、現在の西弘美駅伝監督が競走部のコーチとして着任され、それからの
4年間、急速ではなかったが、着実に意識面も競技面も箱根を目指すチームへと変わってい
った。
そして迎えた大学4年の箱根駅伝予選会。見事3位で本戦参加を決め14年ぶりの箱根駅
伝の復活を遂げた。この時の喜びは我々選手はもちろんのこと、長年箱根駅伝出場に尽力
された松本部長をはじめスタッフの方たちにとっては、選手以上のものがあったのではない
だろうか。
そして、明治大学の箱根復活の反響は大きく、多くのOBにも喜んでいただいたと思って
いる。 競走部百年史より 駅伝主将 入山卓司
平成17年(2005年) 14年ぶりの出場となった第81回箱根駅伝は18位。
関東IC吉岡秀司が3000m障害で3連覇。
平成18年(2006年) 第82回箱根駅伝18位。
第38回全日本大学駅伝に初出場、13位。
平成19年(2007年) 第83回箱根駅伝16位。
第40回東京六大学対校戦、岡田祥秀が走高跳で4連覇。